序文
全てが剥がれた後になお残る視点
人は、社会の中で生きている。
生まれてきてからずっと、社会の中で存在し、
周りとの関わりや社会的な立ち位置の中で
自分自身の世界の見方や価値観を固めていく。
そうして自分でも気づかないうちに、
「これが私の考え方だ」
「こう生きるべきだ」
「これが成功の在り方だ」
このような世界への見方は、
経験や社会との関わりの中で、
少しずつその人自身のものになっていく。
私も、そういう時間を長く生きてきた。
そして私は、
それらをこの人生の中で少しずつ剥がしてきた。
けれど、
ある時にそのほとんどが一気に剥がれ落ちる経験をした。
きっと私に限らず、
その人自身の見方や価値観が
少しずつ剥がれていくこともあれば、
一度の体験で大きく剥がれ落ちることもある。
信じていたものが真実ではなかったことを知る。
人生の役割だと思っていたものを失う。
生まれてきた使命だと思っていたものが崩れる。
「こうすれば報われる」というストーリーさえ消える。
「私」とは、それらが剥がれた上で、
それでも残るしかなかったもの。
社会の輪郭ではなく、
物語の輪郭でもなく、
私という輪郭。
この巻は、その残るしかなかった「私」という
輪郭から見た世界を書いていく場所。
一般論や社会への否定を書きたいわけではなく、
ほとんどのものが剥がれ落ちてしまった後に
それでも残ったものを、
ただ、書いていく。
信じていたものを失っても、
形になったものを奪われても、
なお残るのは、「私」という輪郭から見えた
この世界への視点。
ここには、その輪郭から見えた景色を、
一つずつ置いていこうと思う。
この場所を、何と呼ぶのか。
私は、自分自身の最も深い場所を「震源」と呼んでいる。
社会の価値観や物語が剥がれ落ちても、
なお残る輪郭。
そこから生まれる視点があり、
そこから生まれる言葉がある。
この巻に置かれる言葉は、
その震源という場所から生まれたもの。
本当は言葉にもしきれないものを、
せめて言葉という器にあてはめたもの。
この巻は、私のすべての発信の中で、
最も震源に近い場所。
この巻の構想は、2025年3月にすでに存在していました。
1年以上のあいだ、何が入るかわからない空白の場所として
ただ、置いてあったものです。
やっとわかったのがこれを書いている2026年7月現在。
記録のためにこれを残します。
公開日:2026年7月28日
文責:KROLIS DESIGN